気だるい身体を起こし、辺りを見渡せば差し込む朝の光と、美しくスーツを着こなしていらっしゃる白蘭様の姿が見えました。おはよう。ニッコリといった効果音がよくお似合いになられそうな、薄っぺらい笑顔を張り付けながら白蘭様はそうおっしゃいました。

おはようございます、申し訳ありませんでした。起きるのが遅くなってしまってと告げれば、別に構わないよ、と白蘭様は返してくださいました。けれど最期くらい白蘭様より早く起きていたかったのです。最期くらい白蘭様の寝顔を焼き付けていたかったのです。

これが最期だからね。少し間を開けて小さく呟いた白蘭様の声に一瞬大きく心臓が動きました。気付いてるとは思うけど、と続ようとした白蘭様のお言葉を、失礼を承知のうえ、私は遮ってしまいました。私はもう用済みということですよね、と。

白蘭様に直接告げられるよりも先に自分で言っておいた方が幾らか傷は浅いと思ったのです。私の言葉に白蘭様は静かに頷かれました。やはり直接言葉に出されるよりも少しは楽だったような気がします。

菜摘チャン、ごめんね。白蘭様は相変わらず薄っぺらい笑顔を張り付けながら、そう告げられました。そして、菜摘チャンとの生活、それなりに楽しかったよと、続けられました。

そう言って頂けて、私は光栄に思います。白蘭様のお言葉に私がそうお答えすれば、一瞬、白蘭様から薄っぺらい笑顔が消えました。そして近くにあった棚の引き出しから黒く重みのある物を取り出し、私に差し出しながらこう言ったのです。

残念。君なら泣いて僕に縋り付いてくるかと思ったのに。白蘭様のお言葉に私が、本当にそう思っていらっしゃいましたか?と尋ねれば、さぁねと、再び笑顔を浮かべられました。

差し出された黒い物体を受け取らせて頂くと、ひんやりとした感触とずっしりとした重みが私の手にのしかかりました。これを使うかどうかは、菜摘チャンが決めなよ。それじゃあ、さようなら。そう言って白蘭様は私に背を向け部屋を出て行かれました。

最後の最期まで優しく在り続けた白蘭様。最後の最期まで冷たく在り続けた白蘭様。そんな白蘭様を私は、愛していました。あの日から私の全てだった白蘭様。私の世界そのものになっていた白蘭様。それを失えば、世界に要らないと言われれば、残る選択は一つだということを誰より知っていられた白蘭様。私が誰よりも白蘭様を愛していたことを知っていたのは外ならぬ白蘭様自身でしたね。だから私にこの銃を手渡したのですね。

迷うことなど何もありません。嫉妬や絶望を覚えたこともありました。泣いて縋り付くことも考えました。けれどそれ以上に愛していました。もはやそれを愛と呼べるのかどうかはわかりませんが。

カチャリという音が室内に響き渡りました。世界を失えば生きていく意味はありません。何一つ、未練はありません。さようなら。白蘭様。私は貴方様に出会えて、本当に幸せでした。もしも生まれ変わることが出来るなら、来世でまた、お会いしたく思います。愛しい白蘭様、貴方に。





忠実すぎる犬は面白みに欠ける。君の泣いて縋り付く醜い姿が僕は見たかっただけ。次の犬はどうだろうか。おやすみ、愛しい愛しい、菜摘チャン。




(雨上がりの空に浮かんだ美しい虹が新たな悲劇の幕開けを告げていた)